減損会計で使用価値の算定に用いられる割引率(注記事例)
今日は祝日なので、雑談です。といっても、お仕事のお話ですけど。
少し前に、減損損失を計上する場合の(連結)損益計算書注記のお話をしました(以下の記事です)。
「のれん」の減損損失の認識に至った経緯の注記について、淡々と述べる系、プライドを見せる系、不可抗力だから仕方ない系、説明を追加して誠実な感じを出す系、政治家系、ほぼ何も言ってない系に分類しています。
結構アクセスが多く、しかも、企業の方々からは「しょうがねえなぁ」とか「週末にそんなこと書いてる暇があったら、家族サービスしたほうがいいですよ」とか、大絶賛を頂きました。
今日はその続編というわけではないのですが、同じく減損の注記の話です。よく議論になる割引率について、ちょっと書いてみたいと思います。
上記の記事よりは真面目に書いてますが、最後のほう、また気が緩んでふざけた感じになっているので、割引率を真剣に検討されている方は読まないようにお願いします。
Table of Contents
1. 「使用価値の算定に際して用いられる割引率」の注記が必要
前提として、重要な減損損失を認識した場合には、損益計算書(特別損失)に係る注記事項として、一定の項目を記載しますが、回収可能価額が使用価値の場合には「その旨及び割引率」を注記する必要があります(日本基準)。
他社がどういう割引率を使ってるかって、興味がありますよね? 私は昔から結構興味があります。
割引率によって使用価値の額は大きく変わってくるので、損益見通しから、減損損失の額を調整するために、割引率をいじったりすることはあると思います。
その意味で、開示されている割引率が、ちゃんと算定された割引率とは限らないのですが、逆に「どういう割引率を使っているか」で、その企業のスタンスが見えたりもします。
2. 使用価値の算定に際して用いられる割引率とは
注記を見る前に、まずは使用価値の算定について見ておきましょう。
減損会計において、使用価値の算定の際の割引率は、適用指針で、以下のうちどれかを使うこととされています(将来CFの変動リスクを割引率に反映させる場合)。
(2) 当該企業に要求される資本コスト(借入資本コストと自己資本コストを加重平均した資本コスト)
(3) 当該資産等に類似した資産等に固有のリスクを反映した市場平均と考えられる合理的な収益率
(4) 当該資産等のみを裏付けとして大部分の資金調達を行ったときに適用されると合理的に見積られる利率
ちなみに、「これらを総合的に勘案したもの」もOKとされていますが、そんなことはしません(たぶん)。どう考えても、(1)~(4)は、同じリスクについて、異なるロジックで割引率に反映しようとするもので、総合的に勘案する性質のものではないからです。
上記のうち、(2)がいわゆる加重平均資本コストです。WACC(Weighted Average Cost of Capital)って呼ばれてますね。これが一番なじみ深いものだと思います。
(1)はその資産や資産グループに固有のリスクを反映した収益率で、内部管理目的の経営資料や使用計画等の企業内部の情報に基づいて算定されます。WACCは企業全体のリスクを反映したものである一方、これは企業の特定の資産等に固有のリスクを反映したものです。適用指針では、「類似した設備投資の意思決定を継続的にハードル・レートを用いて行っている場合」や「事業部別資本コストを活用している場合」なんかが想定されています。
(3)と(4)は、ある意味企業は関係なくて、マーケットの要求収益率です。(3)は不動産みたいな資産なら使いやすいと思います。
なお、注記では、(1)~(4)のうちどれが使われているかは、あまり示されていないと思います。たまに「当社資本コストに基づいた割引率」みたいに書かれているときはありますけど。
3. 使われるのは税引前の割引率
注記で他社の割引率を見るときには、もう1つ注意すべき点があります。
それは、使用価値の算定に際して用いられる割引率が「税引前」の割引率だということです。
(1) 税引前の割引率が使われる理由
適用指針のロジックとしては、「将来CFが税引前の数値だから、割引率も税引前の数値を用いる」という建付けです。
この段階で、すでに嫌な予感がしますね。普通は税引後CFを税引後割引率で割引計算します。私が知る限り、税引前CFを使いたいからと言って、割引率を税引前に戻そうとするのはご法度です。
(2) 適用指針の設例
じゃあ、どうやって税引前に戻すかというと、適用指針は本文ではその方法を示していなくて、設例([設例6])で計算例を見せているだけです。
・借入資本コスト:3.0%
・自己資本コスト:5.2%(CAPMで計算してます)
・実効税率:40%
・他人資本と自己資本の割合:7:3
WACC(普通の税引後)は、3.0%×(1-0.4)×0.7+5.2%×0.3=2.82%です。
これを使用価値の算定のための割引率として使いたければ、税引前の割引率に戻す必要がありますが…
適用指針では、単純に(1-実効税率)の0.6で割り戻して、4.7%(=2.82%÷0.6)と計算しています。
え?
そっか。そうやって税引前に戻していいんですか。こういうの見ると、会計の世界とファイナンスの世界って、やっぱり親和性がないんだなと思います。
ここまで無理にざっくりやろうとするなら、税引後CFを普通の(税引後の)割引率で割り引いてもいいような気がしますが、会計の世界はそういう論理ではないんでしょうね。
それはそれとして、減損注記で他社の割引率を見るときには、税引前ベースになっているので、WACCにしても、普段見ているものよりも高めに出ている(実効税率30%とすれば、1.4倍程度)という点には注意が必要です。
ちなみに、探せば税引後の割引率を開示している注記も見つかると思います。普通の感覚だと、割引率を税引前に戻して開示するのは抵抗がありますよね。
4. 一般的な注記
ここからは、減損の注記において、具体的に割引率がどのように開示されているかを見ていきます。
まず、一般的な注記からですが、スタンダードな注記は以下のような感じだと思います。
回収可能価額の算定にあたっては、使用価値に基づいており、割引率は9%を使用しております。
(1) 割引率が複数の場合
次に、対象(割引率)が複数あるときは、主な割引率(1つ)を書いたり、割引率の幅を書いたりします。
以下のような感じですが、これらも一般的なものだと思います。
…回収可能価額は、主として割引率6%を用いて算定した使用価値により測定しております。
…回収可能価額は、主として割引率6%~15%を用いて算定した使用価値により測定しております。
(2) 割引率を算定しない場合
それ以外では、割引前将来CF(割引計算の対象)がマイナスの場合には、割引計算をしないので、一般に割引率は書かないと思います(以下の例です)。
回収可能価額は使用価値により測定しておりますが、割引前将来キャッシュ・フローがマイナスであるため割引率の記載を省略しております。
もう1つ割引計算せず、割引率を書かない場合としては、見積期間が短い場合(1年未満など)です。
いくつかパターンがありますが、一番シンプルなのが以下です。
将来キャッシュ・フローの見積期間が1年以内のため、割引率の算定はしておりません。
それよりはちょっと珍しいですが、金額的影響が僅少とか軽微とか書いてあるものもあります(以下の2つの例)。
…割引率については将来キャッシュ・フローの見積期間が短期間であり、金額的影響が僅少なため、割引計算は行っておりません。
…割引率については、使用見込期間が短く金額的影響が軽微なため考慮しておりません。
ここまでがだいたい一般的な注記です。
5. ちょっと目を引く注記
じゃあ、次はちょっと目を引くというか、特殊なタイプの注記を見ていきましょう。
(1) これでいいんですか?という注記
まずは、「一定の割引率」とだけ書いてあるものです。
以下のような感じですね。
●●●及び●●●の製造設備等については、使用価値により測定しており、将来キャッシュ・フローを一定の割引率で割り引いて算定しております。
…使用価値の算出については将来キャッシュ・フローを一定の割引率で割り引いて算定しております。
回収可能価額が使用価値の場合には「その旨及び割引率」を注記する必要がありますが、「割引率が何%か」は書かなくていいという解釈なんでしょうか。
私が投資家であれば、重要な減損損失が計上される場合、使用価値がどういう割引率で算定されているかは知りたいです。なので、個人的にこういう注記には疑問を持ちます。
(2) 高っ!
次は、ちゃんと割引率が書いてあるのですが、その水準にビビってしまうものです。
連結子会社である●●●他グループ子会社4社に係るのれん等について、想定していた超過収益力が見込めなくなったことから、減損損失として計上しております。なお、回収可能価額は使用価値により測定しており、割引率は27.55%であります。
これは有名な事例ですが、この連結子会社は日本ではなく英国の子会社です。
割引率は国によってベースの部分が異なるので、どの国でも日本よりは高いことが多いと思います。それにしても、27.55%というのは高いですね。
日本でも、ソフトウェアを18.2%で割り引いてるものがありますが、30%近くいってると、さすがにギョッとします。
(3) 低っ!
上記とは逆に、割引率が低いものもあります。
…回収可能価額は使用価値(割引率0.71%~1.19%)と正味売却価額のいずれか高い金額を採用しております。
使用価値の算定対象は国内の店舗で、業種としては小売業です。銀行業とかじゃないんですよね。
この水準だと、調達のほうのレートなんでしょうけど、それにしても低いですね。
(4) え、リスクフリー?
もう1つ、あれ?と思う注記です。
賃貸用土地は、不動産鑑定評価額に基づく時価が帳簿価額を大幅に下回っていることから、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として特別損失に計上しております。なお、回収可能価額は使用価値により測定しており、固定賃料による長期の賃貸借契約が締結されていることから割引率はリスクフリーレートを使用しております。
確かに、将来CFが見積値から乖離するリスクについては、将来CFの見積りと割引率のいずれかに反映させればいいので、リスクを将来CFの見積りのほうに反映させれば、リスクフリー・レート(貨幣の時間価値だけを反映した無リスクの割引率)を使うことは可能です。
こうやって見ると、「固定賃料による長期の賃貸借契約が締結されていることから」の部分、ちょっと怪しいですよね。さすがに賃料が無リスクと言っているわけではないと思いますが。
(5) ちゃんとリスクフリー
これはおまけで、珍しいパターンだと思いますが、リスクを将来CFの見積りに反映させていることをちゃんと明記しているケースもあります。
…資産グループの回収可能価額は使用価値により測定しており、営業店舗については、将来キャッシュ・フローに基づく使用価値がマイナスであるものは回収可能価額を零として評価し、それ以外については将来キャッシュ・フローが見積値から乖離するリスクを当該見積りに反映させており、将来キャッシュ・フローを0.03%~0.09%で割引いて算定しております。
6. 最後に衝撃の注記
最後にこちらをご覧ください。
…当該資産の回収可能価額は使用価値により測定しており、将来キャッシュ・フローを割引率△0.195%で割り引いて算定しております。
え?
△って、日本だとマイナスの意味で使いますよね。
これも有名な注記ですが、どうやったらこうなるのか、誰か教えてほしいです。リスクを将来CFに反映して、割引率をリスクフリーにしたら、この時点ではこうなったんでしょうか?
その説とは異なるのですが、私の説は、「対象資産が大阪府に所在しているから」というものです。ある意味異国での出来事として、英国の27.55%と同じように流すしかないんじゃないでしょうか(これは多分怒られる)。
ちなみに、この説を補強する事実があります。
上記は2019年3月期の注記なのですが、同じ会社の翌期(2020年3月期)の注記は以下です。
…当該資産の回収可能価額は使用価値により測定しており、将来キャッシュ・フローを割引率6.0%で割り引いて算定しております。
え、普通?
このときの対象資産は東京都と愛知県に所在していますが、前期とは異なり、日本の一般的な割引率になっています。
書き忘れたのですが、使用価値を算定する際の割引率は、減損損失の測定時点の割引率を用い、翌期以降も同一の方法により算定するのが原則です。
つまり、同じ方法で算定して、大阪は△0.195%、東京・愛知は6.0%ということです。両年で多少は異なるとしても、同じ日本なので、国債の利回りもエクイティ・リスク・プレミアムも大差ないとしたら、これは大阪からみた東京・愛知のカントリー・リスクによる影響なんでしょうか。
第三者的には、この割引率とは逆に、東京より大阪のほうが危なそうですけどね(これも多分怒られる)。
今日はここまでです。
では、では。
佐和 周(公認会計士・税理士)
現 有限責任 あずさ監査法人、KPMG税理士法人を経て、佐和公認会計士事務所を開設。専門は海外子会社管理・財務DD・国際税務など。東京大学経済学部卒業、英国ケンブリッジ大学経営大学院(Cambridge Judge Business School) 首席修了 (MBA)。詳細なプロフィールはこちら。