インボイス制度:売手負担の振込手数料は値引き?立替?
今日は、消費税のインボイス制度(適格請求書等保存方式)のことを書きます。
具体的には、売手負担の振込手数料のお話です。仕事で議論すると、もれなくテンション下がるやつですけど。
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0. この記事のポイント
この記事には続報があります(こちらをご覧ください)。要点だけお伝えすると、売手負担の振込手数料について、会計上は支払手数料として処理する一方、消費税法上だけ売上値引き(対価の返還等)として取り扱っても差し支えないこととされています(財務省FAQ)。そのように取り扱っておけば、1万円未満の適格返還請求書の交付義務の免除により、インボイス制度対応が不要になりそうです。
1. 売手負担の振込手数料
まず、問題の所在ですが、世の中には売手負担の振込手数料というものが存在するようです。
どういうことかというと、売掛金の入金時に、振込手数料差引後の金額が入金されてくる感じです。
例えば、売手が何かを売って、11,000円を請求したにもかかわらず、振込手数料220円が差し引かれて、入金額が10,780円になるようなケースが該当します。
私は知らなかったのですが、これって、事前に契約で売手負担と決まってるわけじゃない(ことがある)んですね。そんなんアリなん?
この220円は売手負担なので、売手側で仕入税額控除を検討するわけです。この点について、インボイス制度が導入されるとどういう影響があるか、みたいな話ですね。
私がこれを議論していたのは、ちょうど中国恒大集団の経営危機が噂されていた時期だったので、日本がいかに平和な国かをというのを改めて思い知らされました。
2. 税務通信の記事
この点については、税務通信の記事(財務省主税局の人へのインタビュー記事)で真面目に解説されています。3682号です。
なので、それを読んで頂いたほうがいいのですが、そこから情報を得つつ、私の整理に当てはめてみようと思います。
3. 場合分け(3つ)
まず、2つの場合分けを考えます。
場合分けの1つ目は、振込手数料の負担関係が契約で明らかになっているのかどうかです。
もし明らかになっていなければ、場合分けの2つ目に進みます。すなわち、それを「値引き」と整理しているか、「買手による振込手数料の立替」と整理しているか、です。これには会計処理も絡んでくると思います。
まとめると、以下の3つパターンがあることになります。
(2) 振込手数料の負担関係:契約で明らかではない→売手が「値引き」と整理
(3) 振込手数料の負担関係:契約で明らかではない→売手が「買手による振込手数料の立替」と整理
(1) 振込手数料の負担関係が契約で明らかな場合
まず、振込手数料の負担関係が契約で明らかになっている場合について。
この場合、契約書に適格請求書の記載事項(買手の登録番号・振込手数料の金額・税率・税額など)を追記しておけば、別途通帳等を保存することで仕入税額控除の適用が可能です(詳細はこちら)。
売手は買手から「振込みしてもらった」(役務提供)みたいに考えるわけですね。
これが一番普通だと思いますし、個人的にもそうあってほしいです。
(2) 振込手数料の負担関係が契約で明らかでなく、売手が「値引き」と整理する場合
次に、振込手数料の負担関係が契約で明らかになっていない場合です。
税務通信の記事でも、下請法に言及されてますが、そもそも振込手数料を差し引くこと自体がアリなのかは別途考える必要があります。
ここではその問題は無視して、まずは、売手がそれを「値引き」と整理する場合です。
差し引かれているのは振込手数料だけじゃない場合もあるようなので、(後述の(3)の立替よりは)値引きと整理するほうが自然かもしれないですね。
また、簡易課税の場合なんかは、売上値引と整理したほうが有利になるとは思います。
この場合、値引きは売上げに係る対価の返還等に該当し、売手に適格返還請求書の交付義務が生じます(詳細は以下の記事でどうぞ)。めんどくさ。
この点について、税務通信の記事では、財務省の方が「手間を最低限にする方法」として、以下のような文面のメールを送付して保存する方法を挙げてくれています(メールに登録番号なども書いておく)。
(メール文面)
〇月〇日付の請求に関して□月□日に19,120円のお振込みを確認いたしました。
なお,請求書記載の20,000円との差額880円(消費税10%)については,振込手数料相当額として〇〇の価格からの値引きとします。
うーん。
「手間を最低限にする方法」ですか。。。
うーん。
【2022年8月追記】
この点について、税務通信(3713~3715号)の財務省主税局の人が参加する座談会の記事で、以下のコメントがありました。
…返還インボイスを交付し忘れました、という場合があっても、税額計算上は何も影響ありません。だからと言って「出さなくていいですよ」と言うつもりはないですが、でもそういう規定になっています。
財務省としては「インボイス制度が導入されてもそんなに大変じゃないですよ」というところを強調する方針なのかもしれませんが、「そもそも制度をしっかり整えるのを優先したほうがいいのでは?」とは思います。まあ、私には窺い知れないレベルのお話ではありますが。
【2022年12月追記】
この問題への対応として、令和5年度税制改正において、1万円未満の少額の値引き等に限って、適格返還請求書の交付を不要とする方向で見直しが検討されているようです。詳細は以下の記事をご参照ください。
インボイス制度:1万円未満の適格返還請求書の交付義務の見直し(令和5年度税制改正見込み)
(3) 振込手数料の負担関係が契約で明らかでなく、売手が「買手による振込手数料の立替」と整理する場合
最後に、上記(2)と同じく、振込手数料の負担関係が契約で明らかになっていない場合ですが、今度は売手がそれを「買手による振込手数料の立替払い」と整理する場合です。
つまり、振込手数料を本来売手が負担すべきものと考え、買手がそれをいったん立替払いしてくれて、売手に請求してきたようなイメージです。また、立替払いなので、「差し引かれた金額=実際の振込手数料の金額」が前提っぽいです。
こういった立替金に係る仕入税額控除については、以下の記事にまとめました。
端的には、売手は買手から「立替金精算書」を取り寄せて、最低限それを保存しておけば、たぶん仕入税額控除は可能なんだと思います。振込手数料のために精算書を取り寄せるのは、かなりのコミュニケーション能力が必要だと思いますけど(笑)
ちなみに、税務通信の記事では、「あらかじめ契約書…に、そのような「立替金精算書」としての記載事項が記載されていれば問題ない」と書いてあります。
「契約書に立替金精算書としての記載事項を記載する」というのは、アバンギャルドすぎて私にはよくわかりませんが、そういう方法もあるんでしょうね。あまりイメージできないですが、買手が使っている金融機関の名称やその登録番号などを書いておくんでしょうか。
大丈夫だと思いますが、このように整理したときの課税仕入れの相手方は、金融機関です。だからこそ、買手による立替えになるわけで。
なお、振込手数料自体のインボイス制度における取扱いについては、以下の記事をご参照ください。
4. 最後に
結論として、そもそも謎に振込手数料を差し引く実務をやめるのがベストのような気がします。
当たり前のことですが、差し引くのであれば、事前に協議して契約書に反映しておくべきです。
そうしておけば、インボイス制度における対応でも別に問題にならないので(上記3(1)のパターン)。
金額によっては、事務負担との兼ね合いで、仕入税額控除をあきらめるのもアリですね。
でも、こういうお話を企業の方からご相談頂いて、実際の契約書なんかを拝見していると、自分には知らないことがいっぱいあるなと気付かされます。
今日はここまでです。
では、では。
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佐和 周(公認会計士・税理士)
現 有限責任 あずさ監査法人、KPMG税理士法人を経て、佐和公認会計士事務所を開設。専門は海外子会社管理・財務DD・国際税務など。東京大学経済学部卒業、英国ケンブリッジ大学経営大学院(Cambridge Judge Business School) 首席修了 (MBA)。詳細なプロフィールはこちら。